千歳市消防団とは

消防団は、「自らの地域は自ら守る」という精神に基づき、地域社会の安全と安心を守るために活躍しています。

 消防団は、非常勤特別職の地方公務員である一方、他に本業を持ちながら、自らの意志に基づく参加、すなわちボランティアとしての性格も併せ有し、火災発生時にいち早く現場へ駆けつけ消火などの活動を行うばかりでなく、地震や風水害など大規模災害時や林野火災時に、災害防ぎょ活動を行うなど地域における消防防災の要として重要な役割を果たしています。

 また、平常時においても、訓練のほか、応急手当の普及指導、防火訪問、警戒、広報活動等に従事し、消防・防災力の向上や地域コミュニティの活性化に貢献しています。

 千歳市消防団は、1団本部、8分団、団員定数180名の体制となっており、市域は東西に細長く西高東低の地形であることから、観光地の支笏湖は支笏湖分団、郡部の農業地域は東千歳分団、長都分団、泉郷分団、駒里分団、市街地は千歳第1分団、千歳第2分団、千歳第3分団が担当しています。

 平成23年8月に女性消防団の分団化により、千歳第3分団として、予防活動、応急手当普及啓発活動及び災害時の後方支援等を中心に活動しています。

沿革

大正11年-8月
山崎友吉、吉野藤五郎ら有志が相図り、「千歳消防組」創設
昭和11年-4月
渡部栄蔵村会議員が2代目組頭に就任
昭和14年-4月
消防制度の改正により警防団に改組、団員の増強を図り各地域にも分団を設けて防空を主眼とし、国内防衛の一翼を担った
初代警防団長として渡部栄蔵就任
昭和22年-8月
消防団条例制定、旧警防団を1団2分団制に改組し団長以下100 名で組織する
昭和29年-11月
5日3時3 0分頃、幸町2丁目1 2番地から出火。職団員をはじめ駐留軍消防隊の応援を得て敢闘するも防火用水路は工事中のため断水。1 7棟全焼する
昭和30年-5月
2代目消防団長に前田政太郎就任
昭和30年-9月
11 日4時26 分頃、幸町1丁目16 番地から出火、錦町2丁目の一部まで延焼する。札幌、苫小牧両市をはじめ、隣接市町村から消防車19 台の応援を得て消火に当たるも170 棟焼失、726 名の被災者を出した 【千歳市に於ける、大火の日】
昭和32年-3月
適切なる火災防ぎょ活動に対する功績により、国家消防本部長から消防本部及び消防団が表彰される
昭和36年-5月
1日13時55分頃、幸町5丁目1 2の3番地から出火。更に飛び火により千代田町6丁目の日通倉庫に延焼、農協など30棟を全焼し、56世帯が被災する
昭和39年-2月
日本消防協会から消防団に対し、「表彰旗」授与される
昭和39年-4月
消防団条例を改正、定数を50 名から120 名に増員し、東千歳分団及び支笏湖分団を新設する
昭和40年-4月
長都分団及び泉郷分団を新設する
昭和40年-6月
美笛分団を新設する 消防団は、団員定数200 名、1団・6分団を編成し、人員の整備を完了する
昭和52年-12月
千歳鉱山人員整理により美笛分団を廃団する
昭和53年-3月
駒里分団を新設する
昭和54年-3月
3代目消防団長に浅見恒松就任
昭和62年-4月
4代目消防団長に細川誠一就任
昭和62年-7月
1日19 時52 分頃、航空自衛隊千歳基地の覆土式屋外タンク貯蔵所(第4類第1石油類(JP-4))が落雷により出火した火災は、消防機関や各自衛隊を合わせ延人員206 名、車両42 台を動員した
平成6年-7月
団本部に女性消防団員5名が採用される
平成7年-4月
団本部に女性消防団員5名が採用され、10 名となる      
平成7年-4月
5代目消防団長に小柳重信就任
平成11年-4月
6代目消防団長に大谷勇一就任
平成13年-4月
千歳第1分団の2分団化を図り、千歳第1分団及び千歳第2分団となる
平成15年-4月
7代目消防団長に荒川重昭就任
平成19年-4月
8代目消防団長に細越一信就任
平成23年-8月
女性消防団員を分団化し、千歳第3分団となる
平成24年-10月
9代目消防団長に橋本泰二就任

出典・参考文献

千歳市消防本部 「平成27年消防年報」より消防団関係を一部抜粋